転職のキャッチコピー

その検証もやっておきたい。
その日、工場から自宅に帰るFさん(当時五十五歳)の気分はいつになく重いものでした。 いつもなら、工場から一歩外に出ると、仕事のこと、会社のことは忘れているのですが、その日は違っていました。
「ついに自分の番がやって来たのか。 どうしようか……」自動車部品をつくっている自社では、企業構造改革の一環として一層の低コスト体質化を促進するために、特別早期退職優遇制度にもとづく退職者を募集することが取締役会で決議されました。
それを速やかに実現すべく、Fさんが勤務している工場では、募集対象となる四十五歳以上の社員一五人が集められ、その制度の概要について説明を受けました。 「ちょうどいま、五十五歳だから、一昔前なら定年の年齢なんだなあ」とFさんは思いました。
二00二年七月の初頭のことです。 説明によれば、従来の早期退職優遇制度に対し、年齢や勤続年数によって差はあるものの、たとえば給料の一年分といった特別なプレミアムをさらに上乗せするといった内容でした。
さらに、再就職支援制度も用意されており、労働組合のほうから再就職のための活動資金として三ヵ月分の補助金も出ることになっていました。 なんの備えもない社員を、労働市場という寒空に裸同然で放り出す、もしくは放り出さざるを得ない企業も少なくないなかで、厳しい会社の収益事情を反映しながらも、それなりの誠意や配慮が感じられる制度施策ではありました。
とはいうものの、いままではまったく他人事としか思っていなかった「退職」の二文字が、突然、自分の目の前に忽然と姿を現したのですから、平常心を取り戻すのにしばらく時間がかかるのは当然のことです。 「会社は自分を必要としなくなったのか」という寂しさと「会社にしがみついて残っても先はみえている。
思い切って、気持ちを切り替えて外に出たほうがよいのか」という前向きな思いが交錯します。 少し間をおいて、Fさんはこれから先のことを考えはじめました。

「定年の六十歳まで勤めていたとしても、その後、年金がもらえる六十五歳まで仕事もしないでいるわけにはいかないから、きっと再就職を目指すことになるだろう。 だが、六十歳を過ぎてからの職探しはかなりハードルが高いだろう。
だとしたら、それより五年早く、五十五歳のいまから、第二の人生を一歩早く踏み出したほうがいいかもしれない」そんな考え方もできると思いました。 もちろん、家計を預かっている妻の理解や同意もなく、即断できるようなことではありません。

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